危機との遭遇


いまいち使い道のわからないアイロンディスクの使い方を聞きに来た皇女プルミエールとM.A.I.D.クローディア。
だがそれは、皇子イサナの巧妙な罠だったのかも知れない。

また部屋に入ると、皇子とその従者達はワイシャツの上から腰蓑をつけて奇妙な踊りをしながらダーツをしている。
踊りはまだしも、格好が珍妙にも程がある……わざわざ腰蓑をつける理由が何処にあるのか。
本人たちの話によると、とある町の神聖な舞踊の一種の練習だという。
踊りながらダーツをするのも、神聖な舞踊に含まれるのだろうか。
腰蓑をつけている理由については、答えてくれないようだ。

皇女プルミエールは本来の用件を皇子イサナに話し、クローディアの持つ例のディスクをセットした槍をアストリッドに預けた。
槍を受け取った瞬間、突如二人に連続突きを繰り出した。
その突きは体を貫くことは無かったが、高熱の蒸気を発しながら高速で服の表面を一瞬掠めた。
慌てて迫る槍から主を守るクローディア。

「敵では無いものに突然攻撃してくるなんて、それでもあなたは帝国に仕える者ですかっ!」

なんの断りもなしに、いきなり槍を向けたことに対して非難するクローディア。
しかしそこにイサナが心ばかりの弁解をすぐさま行った。

「まぁ、待て待て! 今のはただのデモンストレーションだ。
それにアンタらの服をよく見てくれ」

言われたとおり衣服を見てみる二人、そこには攻撃されたところだけ皺が延ばされていた。

「こう使うんだ。相手を倒すんじゃあないッ!
相手の服のシワを紳士の気遣いで直すのが、対人用エクストリームアイロニングッ!
より難度が高く刺激的なスポーツをしながら、アイロンをスッキリとより素早く正確にかけることこそが、ただのアイロンかけとは違うポイントだ。
熱と蒸気機能だけに目を向けているようじゃ、アイロニストには程遠いぞ」

イサナは得意げに言うが、二人はとても冷ややかな目で皇子を見ている。
そもそもM.A.I.D.は紳士じゃない。アイロンは使っていないが、違う意味でアイロニスト。
アストリッドは、槍をクローディアに手渡した。
皇女プルミエールはM.A.I.D.ヒカリをみて、結局この人は最後まで空気なのかと少々呆れ気味に見ている。

「ところで、知り合いから1ガロンほどハイポーションを貰ったんだ。
ここにいるみんなで飲もうじゃないか。元・無蝕童帝の奴等ももうじき来るぞ」

そういうと、皇子イサナは怪しげな茶色い液体が詰まった巨大なボトルを一本、テーブルの上に置いた。
これがハイポーション? 噂では、青色の液体だと聞いていたのに、それは似ても似つかない代物だ。
そして、イサナとその従者は一本のボトルから8つのグラスに注いだ。まさか私達も……?
皇女とその従者は、戦慄した。この粘性があり怪しい色をし、刺激臭がするこの怪しい液体を飲まなければいけないのだろうかと。
見た目から一瞬チョコレートドリンクと思われたが、M.A.I.D.ヒカリが右手で指しながら、含み笑いを浮かべて述べた言葉によりその可能性は潰えた。

「あ〜あのゲロガとか言われてるのでしょ? ゲロ<ゲロラ<ゲロガ<ゲロジャね」

明らかに公共の場……特に飲食物のある前では禁句とされるような言葉を堂々と言い放つのは、帝国に仕える身として如何なものなのか。
苦笑いを浮かべながらも僅かながら表情に曇りが見える皇女を横目に、クローディアは彼らの品性を疑った。

「つまり、魔法みたいな味がするってことか」

「魔法みたいな味ってことはアレか? ミロみたいな味なのか?」

「バカ野郎、ミロと魔法は全然違うだろ。いいか、俺はミロが嫌いなんだ。
それはともかく、この臭いはとんでもなくヤバい。飲むのは窓を開けてからだ」

アストリッドとイサナの掛け合いが続くなか、ヒカリがグラスに注がれた泥色の液体を飲み干した。
そして、とんでもない感想をサラリと言い放った。

「塩酸みたいな味するよ!」

「お前、塩酸飲んだことあるのか」

「そんなのありません」

イサナが鋭く突っ込みを仕掛けるが、ほぼ一瞬で返されてしまった。

「よし、とりあえず、オレも二番手として飲むか。ではグイッとな……」

そういうと、イサナは一気に刺激臭のする茶色い液体を飲み干した。
腰に右手を当てて、左手にグラスを持ちながら一気飲みスタイル……それはジョッキ向きだろう。
皇女は苦笑いを浮かべながら、皇女の従者は冷ややかな目で、勇者的な奇行を行うイサナの様子を内心で突っ込みながら眺めていた。

その時、イサナに異変が起こった。茶色い液体を飲み干してからずっと一気飲みスタイルから微動たりともしていない。
珍しく動かないイサナを不思議に思いながら、心配そうに声をかけるイサナの従者達。

「おい? どうした固まったままで?」

「ほんと、どうしたんだろ? とりあえず、私達も飲んでみる?」

ヒカリはそういうと、次々とグラスに茶色い液体を注いでいった。
1……2……3……4……5……ヒカリが全てのグラスの八分目まで茶色い液体を注ぎ終わったその時、クローディアは一つの展開を予想した。
このような危険な液体をお嬢様に飲ませるつもりなのでは……と。目の前の脅威を避けるため、取ってつけたような口実を使い、この場から立ち去ろうとした。

「それでは用件が済んだので、私達は失礼し……」

「待って、面白そうだから観て行きましょう」

早く出て行きたくて仕方ないクローディアの言葉を、プルミエールは好奇心半分で制した。
この奇妙な空間から早く逃げなくては大変なことになるのに。従者の心配をよそに、皇女はこの様子を楽しむようになってきた。
彼女の表情から笑みが戻ったが、目の前の危機による最悪の事態はなんとしても避けたい。

「あのような危険な物を口にしてはなりません。見ているだけですよ」

クローディアは、プルミエールにあらかじめ釘を刺しておいた。
お嬢様の身に何かあってはいけない。そう考えた上でのことである。
液体を飲み干し、あのように硬直しているのは、普通ではない液体である紛れも無い証拠。
三人の様子が何時にも増しておかしい。皇女と従者は、石の様に動かなくなった三人の様子をまじまじと見ていた。
すると茶色い液体を飲み干し暫く硬直していた三人は再び動き出し、信じられない言葉を発した。

「美味いッ!」

三人は何か大仕事をやり遂げたような……いや、美食を味わったかのような充足感そのものを味わった顔をしていた。
一呼吸置くと、更にとんでもない感想が、アストリッドの口から出た。

「ああ、焼いたプラスティックをオゾンで処理し、フッ化水素とジポランで味付けした実に独創的な味がいいな」

明らかに劇薬クラスの毒物としか思えない物質の名前を羅列するアストリッド、そしてそれを美味だといって飲み干す三人……やはり危険だ。
それ以前にそんなものを口にしたことがあるのかと小一時間ほど問い詰めたくなったが、面倒なのでやめておいた。

この後、奇妙な状況が更に一変する出来事が起こった。
突然、扉からノックする音がして、イサナが返事をすると複数の男女が部屋に入ってきた。

横で固まっている皇女とその従者に気付き、複数の男女は彼女達に挨拶を始め、皇女と従者も挨拶を返した。
初めに若く精悍な顔付きをしているが、前髪の後退した男が名乗り出た。

「オレたちはイサナに呼ばれてこの部屋にやってきた。オレはゲーハー。
『吉六会のM字』と呼ばれている。そっちの姉ちゃんは……」

M.A.I.D.神楽に似た容姿の女が、次に名乗り出た。

「私はカグ・ラハパット。下着メーカーの社長です」

最後に、青白い鎧とマントを羽織り、周辺の空気に黒い何かを纏った男が名乗り出た。

「ごきげんよう、プルミエール様。このような姿で失礼します。
ファファファ……私はミヒャエル・メイドスキー。同じく無触童帝です」

一通り挨拶が終わると、無触童帝のメンバーはイサナたちの方を向き、それぞれグラスを受け取り一気に飲んでみた。
信じられないことに、更にゲーハーは頭に刷り込んでみたりもした。
そして満面の笑みを浮かべ、両腕を広げた。

「頭につけてみたんだが、どうよ? M字の切れ味が鋭くなってカッコよくなったと思わね?」

イサナ達に向けて自らの頭を曝け出すゲーハー。こればかりは、誰も何も言い出せなかった。
次にカグとミヒャエルの感想はというと、どちらも理解できないほど奇天烈極まりないものだった。

「豊胸パットの材料に使ってみたら、お客さんから好評クレームが来るぐらいの評判になりそうね」

「私もこのハイポーションのお陰で、無の力を制御できるようになりました。(次元の狭間在住 Mさん 27歳 男性)」

カグの言っていることはブラックジョークだが、ミヒャエルの言っていることは本当にわからない。
茶色い液体に目を向けると、ガロンボトルの半分ほどまで減ってきている。
ボトルに茶色い液体が薄くこびりついているため、かろうじてそれが確認できる程度だが、順調に減っていることには間違いない。

「クローディア、そろそろ帰りましょう。十分楽しみましたわ」

「わかりましたお嬢様。それでは、私達はそろそろお暇させて頂きま……」

「ちょっと待った」

二人が帰ろうとしたところ、イサナが呼び止めた。まだ何かあるのだろうか。
そう二人が思ったその時、何を思ったのかヒカリがとんでもないことを言い出した。

「そういえば、クロちゃんなんか全然飲んでないじゃんね。
よーし、私が飲ませたげる。口移しで」

クローディアは更なる恐怖を身に覚えた。
先日のM.A.I.D.ベルゼリアのときのような失態を二度と犯す訳には行かない。

「ちょっと……いい加減し」

言葉を終える前に、一瞬何かが動き、側面からクローディアの左脚と左腕が拘束され、背中を締め付けられた。
その何かとは、アストリッドだった。
気を抜いていたためか非戦闘タイプと戦闘タイプとの決定的な差なのか、為す術もなく捕らえられてしまった。

「え? ガシッ!って、アストさん! なんで私にグレープバインホールドを掛けてるんですか!」

「ああ、済まない。こちらの方がよかったか」

「そういうことじゃ……」

そう言うと、拘束されていた左腕は一時的に緩んだが、次の瞬間、首と腕を一気に締め付けられた。
ダメージを与えない程度に手加減されていたが、行動が封じられることには変わりない。
抵抗しようにも、槍を持った腕まで封じられてはどうしようもない。
拘束されたまま槍の効果を発動させても、相手までは効果範囲が届かない。
首と腕を絞められているので、そこを支点として蜻蛉返り蹴りでどうにかすることも不可能ではない。
しかし、流石にここで攻撃して交戦状態にするのは都合が悪い。若干喘ぎながら、クローディアは言った。

「やめてください……これ以上するのなら、あなたもただでは済みませんよ」

「……誰もみていないようなので、これ以上は無意味だな。
解いても問題ない。これは失礼を働いた」

アストリッドも交戦状態になることを望んでいないのか、クローディアを開放した。
それもそのはず、命令したはずのイサナは、無触童帝のメンバーと共にこちらのことはそっちのけで盛り上がっていて、 カグはなにやら紙にペンを使って何かを描いているからだ。
そしてプルミエールは、心配そうにクローディアを見ていながらも、時折、カグの絵を興味津々に何度も目を配らせていた。
更にヒカリは茶色い液体を、此方のことをお構いなしにまだ飲んでいる。
クローディアに飲ませる話は何処にいったのやら。
つまり、これ以上拘束する意味が無いということだ。

腕と首を掴んだり掴まれたりしたおかげで、エプロンドレスと執事服に皺が付いてしまっている。
そのとき思いついたのが、このディスクの効果を利用したアイロニング。

「こういうときこそ、この槍の出番ですね。少し動かないでください」

クローディアは、熱と蒸気を発生している槍を自らの服やアストリッドの服に当てて、スチームアイロンの要領で皺を伸ばし始めた。
槍の刀身は高い熱伝導率のため、少ないエネルギーで効率的に熱を伝達できている。
しかし、柄は別素材でコーティングしているため、アイロンをしていても手は熱くならない。
本来なら然るべき場所と道具でアイロンを行いたかったが、結果的にこの槍を使ったアイロニングを学び、それを実行してしまった。
こうして皺の解消と共に全ては平たく収まり、皇女と従者はイサナの部屋を後にすることにした。

皇女と従者が部屋を出た後、イサナの表情は確かにシニカルな笑顔に満ちていた。

「計画通りッ!」

アイロニングの力を着実に広めて行く事に喜びを感じながら、イサナは残りのハイポーションをプラスティックの箱に流し込み、冷凍庫に保存した。


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